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2008年7月31日 (木)

沢登り その③

寝たほうがいいのに、続きを書くことに・・・

書くってことは、「浄化」作用があると思うのだけれど、ショックが激しかった分、どうにかして、吐き出してしまいたいので書くことにした。

沢登りというか・・・山下り?沢下り?とりあえず、3日目。

朝日岳、AM4:30、テントをでると、朝日が下にみえた。真っ暗闇の世界から、一転、息をのむほどに美しい景色が広がる。でも景色が美しいところほど、試練が待ってるってことを前の2日間で体験してたので、きれいすぎて怖かった。

ずっと体育座りをして、下をむいていたので、首が痛くて仕方がない。太ももも筋肉痛だし、身体のあちこちが、痛い。でもSkinsをはいていたのが救い?エコノミー症候群にもならずにすんだ。

この身体をひきずって、宝川温泉まで帰るのかとおもうと、気が遠くなりそうだけれど、とりあえず、一歩ずつ進めば、ゴールにはたどり着けるはずだからと、スタート。

また、転びながら、泥んこになりながらの下山がはじまった。おりはじめてすぐ、虫が顔のまわりにたかりはじめた。すごい数。蚊ににた羽音がするけれど、蚊とはちょっと違うかも??最初は、振り払っていたけれど、恐ろしくしつこくついてくる。下りは、上りとちがって、息は楽だけど、不安定で、怖いので、そのうち、虫がどうでもよくなってしまった。

(おかげで、今、すごい顔になってます!!)

リュックに缶詰がひとつ残ってたので、テントをたたんでいる時、隊長に、「みんなで、食べます?」って聞いたら、「もうちょっと、とっておきましょう」って言われて、がっかりした。

食べたかった・・・

前の晩、夜7時頃、ラーメン1袋を4人でシェアしただけなので、すっかり空腹。わたし、空腹にとても弱いんだ。

前の晩の雨でずぶずぶになった、山道を、ひたすら下る。途中、喉がかわいてきたので、彼に、「水ちょうだい」っていうと、その水も、前の晩、山肌をそって流れる水をくんだものだから、にごってて、汚いという。

「もう、少し待てば、沢にでるから、沢できれいな水をくもう」って言われた。

「汚くてもいいから、のみたい!」というと、悲しそうな顔をされた。

玄ちゃんに、「お腹こわしたら、どーするんですか」といわれ、仕方なく、我慢。

そう、その頃は、いろんなことが我慢できなくなっていて、超わがままになっていた。大人なら我慢すべきなんだろうけど、理性がきかなくなっていた・・・。

そうしたら、彼が、ポケットに入ってた、残り1個の飴をくれた。飴をなめれば、唾液がでて喉の渇きがとれるし、わたしも元気になるって思ったんだと思う。

わたしは、もう、これ以上、自分を追い込まないときめた、がんばることもあきらめた。

でも、ひとつだけ、守ろうと思ったことがある。

それは、絶対自分の足で、帰ること。わたしが歩けなくなったら、どれだけ迷惑をかけるかってことくらいは、ワガママになっててもわかる。ちゃんと歩く。最後まで歩いてみせる。

沢にでるまでに、何回もころんだ。けど、そのうち、転ぶことに怖さがなくなってきた。転ぶそうになったら、お尻をつこう。腰の力をぬけば、すぐお尻はつく。お尻は痛いけど、お尻から転べば、ケガをしないですむってことが、なんとなく、わかったから・・・。

お尻って、偉大!! 

そして、どうにか、沢に到着。すると、すぐに、彼が、きれいな水を汲んできてくれた。

「いっぱい、飲みな」って。

水が好きなだけ飲めるって本当に幸せだと思った。沢の水が、前日と比べてすごい増えていて、なんだか怒っているように流れていた。

でも、もう沢の中は基本歩かない。沢についてからは、となりにある登山道を歩くのでちょっとは楽なんだろうけど、下をむくだけで首に激痛が走る。足場の悪さを確認しながら、首の痛さに顔をしかめながら、とにかく歩いた。

つらさは、どんどん、蓄積されていく。

楽しさって、瞬間、瞬間なのに、つらさ、痛さは、どうして蓄積されるんだろう!そんなの理不尽じゃないかって、思ったりした。

玄ちゃんが、あと20分で前日キャンプした、広河原につくという。

20分歩いた。

でも、着かなかった。わたしが、失望していると、彼が、玄ちゃんにまた聞いた。

「広河原まで、あと何分くらいかな?」

すると、玄ちゃんが、答える。「あと、20分」

そんなのおかしーじゃん。さっきも、あと20分いっていたのに、さんざん歩いたのに、まだあと20分って・・・。すると、隊長が・・・

「広河原ついたら、缶詰食べましょう」っていった。

缶詰食べれるなら、がんばろうと思った。食料に飢えていたわたしは、それがすごくうれしかった。そうしたら、妄想がどんどん広がっていった。

「広河原ついたら、誰かキャンプの準備している人、いるかもね。そうしたら、わたし、山で野宿したこととか今の状況はなして、もし食べ物少しあまってたら、売ってもらうんだー!そうだ!わたしのリュックに飴があるかもしれない、たしか、味噌汁もあと1人前あるから、それもつくろうねー」なんて、食べることで頭がいっぱいだった。

そして、10分くらいして、広河原についた・・・。

最初にたどり着いた、玄ちゃんが、戻ってきて、隊長に報告したのは・・・

「みてください。ひどい状況です」のひとこと。

いろんな人たちがキャンプして、ご飯をたべて、楽しそうにしてた広河原が、まったく違う場所のようになっていた。

隊長たちのテントは、まるごと流されていて、そこにあったのは、どこからか流されてきた大木だった。私たちのテントは、ぺっちゃんこで真っ黒になってたけど、どうにかあった。

山にいて、携帯もつながらず、まったく情報がなかったわたしたち。隊長が現場をみながら、「鉄砲水だなぁ・・・。昨晩川にいたら、死んでたよ」といった。

唯一のこった私たちのテントもつぶれて、上には、土砂が覆いかぶさっている。

土砂をどけて、とりあえず、中をみた。わたしのリュックはどうにかあった。荷物をとりだし、川で洗濯を・・・、といっても、自分でやってない。

わたしがリュックを洗おうとしてたら、彼が、「座ってな」といって、全部洗ってくれた。

でも、飴が一袋あった。味噌汁も、ぜんぶで、2人前あった。わたしは、味噌汁をつくった。

また、リュックの中から、カロリーメイトが2本だけでてきた。宝物をみつけたように、「あった!あった!」とよろこんだ。

そして、玄ちゃんが、チーズを4つもってて、ひとり、一切れず食べれた。缶詰もたべた。あと、エネルギー系のゼリーも一袋でてきた。

全部、4等分しようとやってたら、彼は自分の分の食べ物を、全部私にくれるという。たぶん、かれが食べたのはチーズ一切れだけだと思う。

でもさすがに悪いので「いいよ」と言ったら、彼は「おれ、全くお腹へってないし、全然元気だから」とくれた。

また、違う種類のチーズをひときれ、玄ちゃんがもってたんだけど、後で玄ちゃん夫妻からきいた話だと、「そのチーズを私に食べさせたいなぁ」と彼がいっていたという。

その優しさに、玄ちゃんも驚いて、「おれ、もう食べなくても平気だよ」というと、「本当?ありがとう!!」とすごくよろこんで、わたしのところに持ってきてくれたのだ。

わたしは、そんなやりとりがあったこともしらず、玄ちゃんと、彼が食べないというので、隊長と半分ずつにして、ぺろって食べてしまった。

飴もなめてるし、幸せな気分になった。

そこからはリュックも背負ってだけど、わたしは、本当に軽い荷物だけだった。そして、また歩いた。転んでも、疲れても、首も痛いけれど、ちょっと食べたせいで、少しは気力も回復した。歩いてると、玄ちゃんが「人の声がした」っていった。

「おーい」ってよばれた気がするという。でも、私たちをよんだんじゃないのかもねと、気にせず歩いた。そして、最初に沢に入った、「渡渉点」にまでたどり着いた。

そこをわたって、登山道に入って、あとは林道を歩いたら、帰れる。

でも、その渡渉点は、きたときとは、明らかに水の量が違ってた。増水して、勢いも強くなっている。そこで、隊長は、ザイルの準備を玄ちゃんに命じる。

そして、準備をしていると、体格のいい自衛隊系の男性が、ふたり、登場した。さっきのかけ声も彼らだったようだ。

「きのう、山でビバークした4人組って、あなたたちですか?」ときかれた。山岳警備隊だった。「はい」と答えると、「では、気をつけて帰ってください」といわれて、警備隊の二人は、ささっと、渡渉点を大またで渡っていった。まるで、普通の道路を歩くみたいに・・・。

そこで、Rちゃんが、捜索願をだしたんだろうってことを知った。

山岳警備隊の存在すらしらなかった、私。世の中に見捨てられたと思ってたけど、こんな強そうな人たちが、自分達のことを知ってたと思ったら、ほっとした。

最後の川を渡る。最初に渡ったのは、玄ちゃん。 みんなを(とくに私を)無事に渡らせるためザイルを肩にかけ、しっかりと渡っていく。玄ちゃんが流されなくて、本当によかった。

それからわたし。ザイルをこちら側に投げてもらい、ベルトにまきつけ、渡っていった。

そして、隊長、彼とつづく・・・。

みな、無事に渡った。

そこから、またロープをつかって小さな崖をくだったり、上ったりもしながら、また転んだりしながら、ふつう2時間でつくらしいのだけど、3時間以上かけて歩いた。首もいたいし、また疲れが身体を支配していく。

わたしの転ぶ回数も行きの倍以上になっていた。でも、どうにか、林道までぬけた。

あー、生きて帰ってきたんだと、本当に思った。

彼は、わたしが、いつ「もう歩けない」と言い出すか、それだけが怖かったようで、ほっとしていた。「がんばったね」といっぱい言ってくれた。

東京にいる時は、わたしの分のおかずも食べちゃうし、ねおきも悪かったり、ワガママだったりするのに、今回のサバイバルでは、一回も怒らず、ひたすら応援してくれて、助けてくれて、フォローしてくれた。

わたしの運動神経の悪さと体力を考えたら、自分の3倍4倍ダメージをうけてるはずだと思ったらしい。わたしの歩みが止まるのだけが、怖かったようだ。

絶対歩くっていうことだけは決めてたので、そんなこと心配させてたなんて・・・。

そして、隊長、隊長がいたから、パニックにならずにすんだ。常に冷静で、私たちの足りない荷物も道具も判断力も、知恵も、全部フォローしてくれた。しかも、怒らないし、いばらない。たんたんと、何事もないような顔をしていてくれた。命の恩人だと思ってる。

玄ちゃんも、わたしがくじけそうになってると、励まし、声をかけ、的確にアドバイスをしてくれて、一歩一歩の歩みを助けてくれた。なんだか、家族のような気分になった。彼の体温がさがりっぱなしの時にも上着をかしてくれたし、こちらも命の恩人だ。

そして・・・、わたし。 ここに書いたとおり、わがままでした。

その罰がくだったのでしょう。彼の顔はきれいだけど、わたしの顔は、虫にさされまくり、ひどい跡とはれと、熱をもってます。また、足首も少しでてたため、虫さされの跡がひどく、しかも菌が入ったので、はれて、しびれています。ふつうの靴さえ、はけないほど、ふくれあがってます。もちろん、全身筋肉痛です。

でも、いいです。これは、治るから・・・。生きているだけで、本当に幸せだと思ってます。

今回、水上町の宝川で、行方不明者、死者もでました。わたしたちが助かったのは、隊長のおかげもあるけれど、「運」だと思ってます。とくに、私みたいな素人が無事戻れたのは、それ以外考えられません。

亡くなられた方のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。

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