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2008年7月

2008年7月31日 (木)

あれから・・・

沢登りから無事、温泉宿に帰ってきた。

Rちゃんは、仕事があるため、朝の電車で東京に帰っていたけれど、その間も何度か山岳警備隊や宿に電話したらしい。そして、無事を確認してくれていた。

宿について、前日分のキャンセル料を払おうとしたら、食事の準備もしてたはずなのに、「無事かえってきてくれただけで結構です」といって、お金をとられなかった。

また、お風呂に入りたい私たちに、日帰り入浴の割引券までくれた。泊まらなかったから客でもないのに、すごく親切にしていただいた。

帰りの車で、携帯の電波がはいったところで、Rちゃんに電話すると、無事をすごく喜んでくれた。練馬でおろしてもらい、そこから彼と一緒に帰った。まだ実感がなかったけど、すべて、終了したんだなって思った。

その後、いろんな人にあって、わたしの顔がヒドいので「どーしたの?」ってきかれたし、ラジオの収録もひとつ休んだので、事情を説明した。

でも、一番話したい人には、なかなか話す機会がなかった。

けっきょくわたしが、Rちゃんに会ったのは、それから3日後のきょう。

ランチの約束をしたのだ。Rちゃんにも同じように事情を説明するんだろーなーと思ったけど、レストランに座ってる彼女をみたときに、ぐっとこみあげてきてしまった。

リアルに思い出したのだ。温泉宿で笑顔で見送ってくれた彼女のこと。

Rちゃんに会いたいなーと思いながら、歩いたけど、結局帰れなくて、山の中ビバークしたことを。不安でいっぱいだったことを。

「会いたかったんだよー、すごく」と言葉にしたら、心のやわらかい部分が反応しちゃって、涙もでてきてしまった。

Rちゃんのお父さんの隊長と、だんなさんの玄ちゃんの話をして、わらって、またちょっと泣いて、ごはんを食べた。

Rちゃんとご飯を食べるのは、2日前のわたしの一番の夢だった。

「生きててよかったね」といわれた。

待つほうも苦しかったらしく、「自分も、こうやって親に心配かけたりしたんだろうなぁ」と話していた。

そして、わたしの顔をみて、ボツボツだらけなのに、「いい顔になったね」といってくれた。いい顔なもんかっ!

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沢登り その③

寝たほうがいいのに、続きを書くことに・・・

書くってことは、「浄化」作用があると思うのだけれど、ショックが激しかった分、どうにかして、吐き出してしまいたいので書くことにした。

沢登りというか・・・山下り?沢下り?とりあえず、3日目。

朝日岳、AM4:30、テントをでると、朝日が下にみえた。真っ暗闇の世界から、一転、息をのむほどに美しい景色が広がる。でも景色が美しいところほど、試練が待ってるってことを前の2日間で体験してたので、きれいすぎて怖かった。

ずっと体育座りをして、下をむいていたので、首が痛くて仕方がない。太ももも筋肉痛だし、身体のあちこちが、痛い。でもSkinsをはいていたのが救い?エコノミー症候群にもならずにすんだ。

この身体をひきずって、宝川温泉まで帰るのかとおもうと、気が遠くなりそうだけれど、とりあえず、一歩ずつ進めば、ゴールにはたどり着けるはずだからと、スタート。

また、転びながら、泥んこになりながらの下山がはじまった。おりはじめてすぐ、虫が顔のまわりにたかりはじめた。すごい数。蚊ににた羽音がするけれど、蚊とはちょっと違うかも??最初は、振り払っていたけれど、恐ろしくしつこくついてくる。下りは、上りとちがって、息は楽だけど、不安定で、怖いので、そのうち、虫がどうでもよくなってしまった。

(おかげで、今、すごい顔になってます!!)

リュックに缶詰がひとつ残ってたので、テントをたたんでいる時、隊長に、「みんなで、食べます?」って聞いたら、「もうちょっと、とっておきましょう」って言われて、がっかりした。

食べたかった・・・

前の晩、夜7時頃、ラーメン1袋を4人でシェアしただけなので、すっかり空腹。わたし、空腹にとても弱いんだ。

前の晩の雨でずぶずぶになった、山道を、ひたすら下る。途中、喉がかわいてきたので、彼に、「水ちょうだい」っていうと、その水も、前の晩、山肌をそって流れる水をくんだものだから、にごってて、汚いという。

「もう、少し待てば、沢にでるから、沢できれいな水をくもう」って言われた。

「汚くてもいいから、のみたい!」というと、悲しそうな顔をされた。

玄ちゃんに、「お腹こわしたら、どーするんですか」といわれ、仕方なく、我慢。

そう、その頃は、いろんなことが我慢できなくなっていて、超わがままになっていた。大人なら我慢すべきなんだろうけど、理性がきかなくなっていた・・・。

そうしたら、彼が、ポケットに入ってた、残り1個の飴をくれた。飴をなめれば、唾液がでて喉の渇きがとれるし、わたしも元気になるって思ったんだと思う。

わたしは、もう、これ以上、自分を追い込まないときめた、がんばることもあきらめた。

でも、ひとつだけ、守ろうと思ったことがある。

それは、絶対自分の足で、帰ること。わたしが歩けなくなったら、どれだけ迷惑をかけるかってことくらいは、ワガママになっててもわかる。ちゃんと歩く。最後まで歩いてみせる。

沢にでるまでに、何回もころんだ。けど、そのうち、転ぶことに怖さがなくなってきた。転ぶそうになったら、お尻をつこう。腰の力をぬけば、すぐお尻はつく。お尻は痛いけど、お尻から転べば、ケガをしないですむってことが、なんとなく、わかったから・・・。

お尻って、偉大!! 

そして、どうにか、沢に到着。すると、すぐに、彼が、きれいな水を汲んできてくれた。

「いっぱい、飲みな」って。

水が好きなだけ飲めるって本当に幸せだと思った。沢の水が、前日と比べてすごい増えていて、なんだか怒っているように流れていた。

でも、もう沢の中は基本歩かない。沢についてからは、となりにある登山道を歩くのでちょっとは楽なんだろうけど、下をむくだけで首に激痛が走る。足場の悪さを確認しながら、首の痛さに顔をしかめながら、とにかく歩いた。

つらさは、どんどん、蓄積されていく。

楽しさって、瞬間、瞬間なのに、つらさ、痛さは、どうして蓄積されるんだろう!そんなの理不尽じゃないかって、思ったりした。

玄ちゃんが、あと20分で前日キャンプした、広河原につくという。

20分歩いた。

でも、着かなかった。わたしが、失望していると、彼が、玄ちゃんにまた聞いた。

「広河原まで、あと何分くらいかな?」

すると、玄ちゃんが、答える。「あと、20分」

そんなのおかしーじゃん。さっきも、あと20分いっていたのに、さんざん歩いたのに、まだあと20分って・・・。すると、隊長が・・・

「広河原ついたら、缶詰食べましょう」っていった。

缶詰食べれるなら、がんばろうと思った。食料に飢えていたわたしは、それがすごくうれしかった。そうしたら、妄想がどんどん広がっていった。

「広河原ついたら、誰かキャンプの準備している人、いるかもね。そうしたら、わたし、山で野宿したこととか今の状況はなして、もし食べ物少しあまってたら、売ってもらうんだー!そうだ!わたしのリュックに飴があるかもしれない、たしか、味噌汁もあと1人前あるから、それもつくろうねー」なんて、食べることで頭がいっぱいだった。

そして、10分くらいして、広河原についた・・・。

最初にたどり着いた、玄ちゃんが、戻ってきて、隊長に報告したのは・・・

「みてください。ひどい状況です」のひとこと。

いろんな人たちがキャンプして、ご飯をたべて、楽しそうにしてた広河原が、まったく違う場所のようになっていた。

隊長たちのテントは、まるごと流されていて、そこにあったのは、どこからか流されてきた大木だった。私たちのテントは、ぺっちゃんこで真っ黒になってたけど、どうにかあった。

山にいて、携帯もつながらず、まったく情報がなかったわたしたち。隊長が現場をみながら、「鉄砲水だなぁ・・・。昨晩川にいたら、死んでたよ」といった。

唯一のこった私たちのテントもつぶれて、上には、土砂が覆いかぶさっている。

土砂をどけて、とりあえず、中をみた。わたしのリュックはどうにかあった。荷物をとりだし、川で洗濯を・・・、といっても、自分でやってない。

わたしがリュックを洗おうとしてたら、彼が、「座ってな」といって、全部洗ってくれた。

でも、飴が一袋あった。味噌汁も、ぜんぶで、2人前あった。わたしは、味噌汁をつくった。

また、リュックの中から、カロリーメイトが2本だけでてきた。宝物をみつけたように、「あった!あった!」とよろこんだ。

そして、玄ちゃんが、チーズを4つもってて、ひとり、一切れず食べれた。缶詰もたべた。あと、エネルギー系のゼリーも一袋でてきた。

全部、4等分しようとやってたら、彼は自分の分の食べ物を、全部私にくれるという。たぶん、かれが食べたのはチーズ一切れだけだと思う。

でもさすがに悪いので「いいよ」と言ったら、彼は「おれ、全くお腹へってないし、全然元気だから」とくれた。

また、違う種類のチーズをひときれ、玄ちゃんがもってたんだけど、後で玄ちゃん夫妻からきいた話だと、「そのチーズを私に食べさせたいなぁ」と彼がいっていたという。

その優しさに、玄ちゃんも驚いて、「おれ、もう食べなくても平気だよ」というと、「本当?ありがとう!!」とすごくよろこんで、わたしのところに持ってきてくれたのだ。

わたしは、そんなやりとりがあったこともしらず、玄ちゃんと、彼が食べないというので、隊長と半分ずつにして、ぺろって食べてしまった。

飴もなめてるし、幸せな気分になった。

そこからはリュックも背負ってだけど、わたしは、本当に軽い荷物だけだった。そして、また歩いた。転んでも、疲れても、首も痛いけれど、ちょっと食べたせいで、少しは気力も回復した。歩いてると、玄ちゃんが「人の声がした」っていった。

「おーい」ってよばれた気がするという。でも、私たちをよんだんじゃないのかもねと、気にせず歩いた。そして、最初に沢に入った、「渡渉点」にまでたどり着いた。

そこをわたって、登山道に入って、あとは林道を歩いたら、帰れる。

でも、その渡渉点は、きたときとは、明らかに水の量が違ってた。増水して、勢いも強くなっている。そこで、隊長は、ザイルの準備を玄ちゃんに命じる。

そして、準備をしていると、体格のいい自衛隊系の男性が、ふたり、登場した。さっきのかけ声も彼らだったようだ。

「きのう、山でビバークした4人組って、あなたたちですか?」ときかれた。山岳警備隊だった。「はい」と答えると、「では、気をつけて帰ってください」といわれて、警備隊の二人は、ささっと、渡渉点を大またで渡っていった。まるで、普通の道路を歩くみたいに・・・。

そこで、Rちゃんが、捜索願をだしたんだろうってことを知った。

山岳警備隊の存在すらしらなかった、私。世の中に見捨てられたと思ってたけど、こんな強そうな人たちが、自分達のことを知ってたと思ったら、ほっとした。

最後の川を渡る。最初に渡ったのは、玄ちゃん。 みんなを(とくに私を)無事に渡らせるためザイルを肩にかけ、しっかりと渡っていく。玄ちゃんが流されなくて、本当によかった。

それからわたし。ザイルをこちら側に投げてもらい、ベルトにまきつけ、渡っていった。

そして、隊長、彼とつづく・・・。

みな、無事に渡った。

そこから、またロープをつかって小さな崖をくだったり、上ったりもしながら、また転んだりしながら、ふつう2時間でつくらしいのだけど、3時間以上かけて歩いた。首もいたいし、また疲れが身体を支配していく。

わたしの転ぶ回数も行きの倍以上になっていた。でも、どうにか、林道までぬけた。

あー、生きて帰ってきたんだと、本当に思った。

彼は、わたしが、いつ「もう歩けない」と言い出すか、それだけが怖かったようで、ほっとしていた。「がんばったね」といっぱい言ってくれた。

東京にいる時は、わたしの分のおかずも食べちゃうし、ねおきも悪かったり、ワガママだったりするのに、今回のサバイバルでは、一回も怒らず、ひたすら応援してくれて、助けてくれて、フォローしてくれた。

わたしの運動神経の悪さと体力を考えたら、自分の3倍4倍ダメージをうけてるはずだと思ったらしい。わたしの歩みが止まるのだけが、怖かったようだ。

絶対歩くっていうことだけは決めてたので、そんなこと心配させてたなんて・・・。

そして、隊長、隊長がいたから、パニックにならずにすんだ。常に冷静で、私たちの足りない荷物も道具も判断力も、知恵も、全部フォローしてくれた。しかも、怒らないし、いばらない。たんたんと、何事もないような顔をしていてくれた。命の恩人だと思ってる。

玄ちゃんも、わたしがくじけそうになってると、励まし、声をかけ、的確にアドバイスをしてくれて、一歩一歩の歩みを助けてくれた。なんだか、家族のような気分になった。彼の体温がさがりっぱなしの時にも上着をかしてくれたし、こちらも命の恩人だ。

そして・・・、わたし。 ここに書いたとおり、わがままでした。

その罰がくだったのでしょう。彼の顔はきれいだけど、わたしの顔は、虫にさされまくり、ひどい跡とはれと、熱をもってます。また、足首も少しでてたため、虫さされの跡がひどく、しかも菌が入ったので、はれて、しびれています。ふつうの靴さえ、はけないほど、ふくれあがってます。もちろん、全身筋肉痛です。

でも、いいです。これは、治るから・・・。生きているだけで、本当に幸せだと思ってます。

今回、水上町の宝川で、行方不明者、死者もでました。わたしたちが助かったのは、隊長のおかげもあるけれど、「運」だと思ってます。とくに、私みたいな素人が無事戻れたのは、それ以外考えられません。

亡くなられた方のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。

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2008年7月30日 (水)

沢登り その②

沢登り、2日目。

テントと、すぐ使わない荷物は、広河原において出かけることにした。

でも、彼の荷物は、そんなに軽くなったわけではない。なぜなら、彼のリュックには、わたしの荷物がすべて入ってるから。水没しても平気なよう、全く水が入ってこない15リットルの袋をもってきてたんだけど、そこに簡単な着替え、トレイルラン用のシューズ、わずかな食料だけ入ってる。

わたしは、「お豆」状態で、手ぶらです。甘えさせていただきました。わたしだけ、リュックおいていった。本当、みな、ごめん・・・。

上れば、上るほど、景色はきれいになっていく。魚が岩陰にささっと隠れたりする。

朝は寒かったけど、どんどん気温もあがっていき、きもちよい。

目指すは、宝川の源流のナルミズ沢。

携帯でとった写真なので、あまりキレイではないけれど、景色のよさが少しは伝わるかもしれない・・・こんな感じ。

Photo

Photo_2

このくらいの低い滝はのぼっていき、高い滝の場合は、滝の周りの藪などの斜面をよじのぼって、迂回していくんだけど、それを沢用語で「高まき」という。

「これは、まきますか?」って、よく玄ちゃんが、隊長にきいていた。

わたしがいるので、「まく」ことが断然多くなる。でもその「まき」だって、足場は相当悪く、ひーひー言ってたわたし。

また、まくと、遠回りになるので、なるべく、崖を上っていくよう、みな考える。

水が、ちょっと深めのところがあって、一度、玄ちゃんが、「まきますか?」ときいたら、隊長が、「いや、泳いじゃいましょう」っていったときは、最初冗談かと思ったら、本気だった。

胸のところまで、あるいていき、本当に泳ぐのは、2Mくらいなんだけど、またまたわたしの足手まとい差に拍車をかけますが、わたし、平泳ぎとか、できないんです。

あと、息づきができないので、クロールも、15Mくらい。

そこでも、また、ザイル(ロープ)が登場!!しかも、わたしの泳ぎは「犬かき」・・・。

みなは、リュック背負って泳いでいるのに・・・。

川の水って、本当に冷たい。胸まで水につかったときは、心臓がぎゅっとわしづかみにされたような気持ちになった・・・。

でも、誰も、私に、「それくらいできないの???」みたいな態度は決してとらずに、できたことを喜んでくれる。本当に、男性ってすばらしいって思った。

写真は、常に冷静で優しい隊長と、へっぴり腰の私です。

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都会で、仕事と勉強だけやってるときは、わたしは男性に対して「負ける気がしないんだよねえ」と思ってるタイプで、ビシビシやっているんだけど、ここでは、男性陣のすばらしさに、ありがたくて、手をあわせたくなった。

男の人って、強くて、優しくて、頼りになる・・・って生まれて初めて思ったかもしれない。

(それまで思わなかったのは、問題ありですね!?)

わたしの転んだり、すべったりが、どんどん増えていく。コースが難解になっていく。ザイルも頻繁に登場するようになる。「高まき」も増える。

でも、何度も言うけど、苦しい思いをして、怖い思いをすればするほど、それに比例して景色は美しい・・・。

夏なのに・・・雪渓もあった。遠くからみたとき、「何?あれ??」と私がいってたら「雪」という。雪渓は上が土色で、下の白い部分が、とけて、ちょうど、「舞茸」のような形をしてたので、「キノコじゃん」といったら、そんなでかいキノコはないといわれた・・・。

この時期にまだ、雪がのこってるんですよー。びっくり。

また、宝川上流は、「ナメ」が素晴らしかった。

ナメとは、一枚岩の流水がゆるくて、浅いところ。

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そして、源流まで、もうすぐだよってなった時、雨が降り始めた。

天気雨みたいなのは、何度かあったけど、本格的な雨・・・。私たちが、源流のナルミズ沢にたどり着いた時、雨がすごくて、雷もなり始めた。

そして、どれが源流なのか全くわからないくらい、草原にいくつもの水の道ができていた。

ここで、最悪な事態に・・・。彼が雨具をもってこなかった。彼の雨具は、コンビニでかった適当な雨具だったんだけど、前日、テントでねるときに寒くて、きたら、びりっとやぶれてしまった。そこで、もういらないって、テントに置いてきたのだ。

わたしは、うすいぺらぺらの雨具。

さすが、経験者の隊長と玄ちゃんは、ちゃんとした雨具をもってきてた。

運動神経がよく、荷物も私の分までもってくれたし、これまで経験者たちに遅れをとらないほどに軽快に登ってきた彼が、辛そうな顔をしはじめた。雨がふって寒くなったせいで、体温が急激にさがりはじめたのだ。

また玄ちゃんは、雷が大の苦手で、本当に怖かったらしい。山って、雷近いしね。

沢の終点まで来た後は、今度は山をのぼっていく。彼は、唇が紫になっていたのに、元気をだし、またがんばってのぼってくれた。途中、一瞬雨がやんだとき、玄ちゃんが、長袖の雨につよいタイプのウエアをかしてくれて、それをきて、元気になった。

玄ちゃんも、隊長に「雷はおちない」っていわれて、なんとか、ふんばって元気に歩いてる。

寒いし、疲れたし、景色はどんどんキレイになるけれど、苦難つづきに、わたしは、ぼんやりと、お母さんのことを思い出した。

「私に何かあったら、一番悲しむだろうなぁ」って・・・。

大自然と、雨と、空腹で、疲れで、泣きそうになってた。おにぎりもとっくに食べちゃったし・・・。そしたら、玄ちゃんがSOYJOYを1人1本ずつくれた。たべた。

SOYJOYが美味しくて、美味しくて、あっという間に食べちゃったけど、寿命が少しのびたようなきがした。

烏帽子とかいう名前の山をのぼりきったところで、目の前に、朝日岳があった。雨水が山から勢いつけて流れ落ち、いくつもの川をつくっている。

きれいだけど、もう、このあたりから、1枚も写真はない。そんな余裕はない。

今度は、稜線を歩いて、その朝日岳山頂にいき、そこから登山道をおりてくると、宝川の途中にたどり着く。そこから、また広河原にもどって、荷物をピックアップして、温泉に行くんだなぁって思ってた。

温泉にって、Rちゃんに、どれだけ大変だったかを、話す自分を想像した。ご馳走とビールを想像した。歩こうと思った。

朝日だけに行く、尾根の部分を歩くのは、なかなかこわかった。右も左も、見晴らしがよすぎて、自分がどれだけ高い場所にいるのかが、よくわかる。

そして、その尾根に、大きな岩があった。それを乗り越えなくてはいけなかった。隊長と玄ちゃんは、先に通過しており、わたしが岩の上でとまってしまったとき、そこにいるのは、彼だけになった。

岩から降りれないのだ。足をのせる場所が、なかなかなくて、でも、飛び降りたら、その勢いで、足をふみはずし、下まで転落しそうで、怖くなった。

彼とふたりっきりだったこともあり、そこで、ないた。

「もう、無理・・・。できないものは、できない。置いていってー」といいながら・・・。彼は、なだめすかし、手をかしてくれて、どうにか降りれたんだけど、その時、玄ちゃんとおじさんは、黒い雲が、したから湧き上がってくるのをみて、ぞっとしていたらしい。

隊長と玄ちゃんにあうときは、雨だったから髪も顔もぬれいてるので、ないたことはごまかせた。

ここで、泣いても、どうにもならないのもわかってる。

みんながんばてるのに、荷物ももってもらってるのに、なくなんて最低だなーとわかってるけど、ないた。もう、子供だった・・・。最悪だ。

その後、彼が、玄ちゃんたちに、声をかけにいき、「もう疲労もピークで、ゆっくりいってもらえませんか?」といったけど、そうするわけには、行かなかった。時計は5時をまわってた。そう、夜がきちゃうのだ!!

朝日岳にどうにかつき、そこから、登山道を下山しはじめたが、途中、すごいきれいな虹も見えた。雨もやんだ。

少しして、わたしは、恐れていたことを、玄ちゃんにきいた。

「もしかして・・・、温泉、もどれない?また、テントに泊まるの?」って。

そうしたら、テントまでも戻れないという。

「どこでねるの?」ってきいたら、「野宿」とのこと。

そして、少し歩いたところで、斜面が比較的ゆるやかな場所にきたところで、隊長がいった。

「ここで、ビバークしましょう」

ビバークとは、登山用語で、野宿のこと。テントもないのだ。わたし達の不安を知って、隊長はいう。

「道にも迷ってないし、遭難でもなんでもないですから・・・。想定の範囲のことです」

そして、山の斜面に4人で並んで、体育座りをする。その上に、ターフという野宿用の防風用の布を1枚かける。シーツよりちょっと大きいくらいの布だ。

風があまり入らないように、荷物などで布をおさえる。

これで、明るくなるまで待つという・・・。そこで、塩ラーメンひとつと、味噌汁があったので、味噌汁味塩ラーメンという、不思議なものをつくったんだけど、これが激うまでした。

また、隊長が「ビールも1本だけあるよ・・・・」という。

ターフが燃えないように気をつけながら、ターフの中でガスをつけ、料理。

外とは比べ物にならないくらい温かくなる。でも、火をけすとまた寒くなる。わたしがぶるぶるふるえると、隊長は、玄ちゃんに、寝袋の形をしたビニール袋かすよに指示。

そのおかげで、ずいぶん、温かくなった・・・。

ビール1本と、塩ラーメンひとつを4人で食べる。なべをまわしながら、食べた。

1人、2-3口。もちろん、足りるわけがないけれど、何もないよりはマシだった。

うとうとしながら、浅い眠りにおちながら、なんとか、朝4時半まで、待つことができた。

その頃、宝川温泉で待つRちゃんは、相当心配をしたらしい。携帯通じないんだもん。また、すごい水量で、宝川温泉の露天風呂も閉鎖されたらしい。

そして、ニュースにもなりましたが、宝川で鉄砲水にあった行方不明者もでた時だった・・・。野宿なんて、最低だーと思ってたけど、川に下りてたら、事故にあってたかもしれない。隊長の判断は、一度も間違いがないから、すごい。ラーメンをとっていたことも、無理して下山しないことにしたのも、思い返すと、大正解だった。

それに比べ、無力で、足手まといの私、自分が嫌いになった。

一瞬、携帯が奇跡的に通じたときがあったので、彼女の電話の留守電に、「生きてるから、大丈夫。野宿するだけだから心配しないで」と留守電をいれることができた。

さすがは、Rちゃんは、隊長の娘。山の怖さもちゃんとわかっていて、6時すぎて、連絡がとれなかった時点で、捜索願も山岳警備隊に出していた。手際がよい。

でも、留守電を聞いた後で、また警備隊に無事を報告してくれた。2度手間すまん!!

そして、わたしは夜が明けるのをまった。ネガティブなことが心をしめたけど、それを口にする人は誰もいなかった。生きて、帰りたい。それだけを呪文のように、心の中で唱えつづけた。このメンバーにもしものことがあったら、私のせいだ。わたしが、歩くの遅いから、時間がこんなにたっちゃったんだ・・・。

(あー、やっぱり、書ききれません・・・。続きは、また、今度!!)

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沢登り その①

人生初の沢登りに行ってきた。・・・といいますか、個人的には「生還しました!」と言いたい気分!!!!!

親友の旦那様と、親友のお父様、わたし、彼の4人で、群馬県水上町にある、宝川にいったのですが、いろんなことが「初めて」だらけで、心拍数あがりっぱなしの旅でした。

男性3人と私1人という明らかな“お荷物状態”でのスタートですが、これが、本当にお荷物になってしまいました。(親友のRちゃんは、小さい男の子がいるママなので、温泉宿で子供と待機!)

わたしが、マラソンをはじめた理由は、そもそも運動神経が悪いから。

「舗装道路をゆっくり走る」というスポーツなので、どうにかできるようになったものの、他のスポーツは一切苦手。

でも、自然の中で遊びたいって理由で、スケジュールをむりくり、こじあけ出かけてきました。けど、自然は厳しかった・・・。そして、わたしは素人すぎた・・・

沢登りって、なじみのない方が多いと思いますが・・・要は、登山の一種で、違いは、沢(川)沿いを登って、山頂を目指すことでしょうか(←間違ってたら指摘してください)ロッククライミングやシャワークライミングの要素もあり、水にも入ったり、場所によっては、泳ぐことも・・・。

メリットとしては、川に入ったりするので、とにかく涼しい!!ただ危険をともなうスポーツなので、1人では行かないでください。

わたしの場合、一緒に行ったRちゃんのお父さんが、日本登山医学会の理事であり、事務局長でもあるんです。そんなプロフェッショナルが一緒なので、幾分安心でした。影で「隊長」ってよんでました。

でも、わたしの運動神経の悪さは、沢登では、致命的です。

最初、林道から入って、その後、登山道に入り山道をひたすら歩くのですが、もうその時点で、「この子、大丈夫かな??」と思われるような歩みでした・・・

急な下りとか、道幅の狭い場所とか、それだけで怖いのですが、中でも一番怖いのは、山道がほんの数十センチきれてて、飛ばなければいけない時。

平面の道路だったら、そんなの飛べる距離だってこと、わかってる。

だけど、わたしは、足をすべらせて、谷底におっこちていく自分を想像してしまうのです。小さい頃から運痴だった私は、自分の運動神経というのを、全く信用してない。

それで、ぐずぐずして、何度も歩みを遅らせたことか!!

また、実際、山道を歩いてて、足をすべらし、谷におちそうになったりもしました。その度に隊長、玄ちゃん(友人の夫)、彼が超スピードでわたしのリュックやら腕をつかみ、助けてくれました・・・。

やっと沢にたどり着き、まず、その沢をわたって、対岸に行くのだけど、その時に、シューズを沢用にはきかえます。

靴の裏が、フェルト生地になっている専用のシューズをこの日のために、モンベルでかいました。1回しか行かない沢のために、わざわざシューズを買うなんてもったいないと思ったけど、買って大正解です。

わたしの一番怖いのは、さっきも書いたけど、「ジャンプ」。

1メートルもない場所でも、「飛ぶ」のが怖くて、足がすくみます。

深さもそんなにないのですが、小さな滝の上を飛ばなければいけない時があり、そこでも、10分くらい待たせてしまいました。

その間、わたしは、滝に落ち、下流に流されていく自分を想像してました。

でも、絶対できる、できると言い聞かせて、しかも命綱用のザイル(ロープのこと)もつけてもらって、どーにか、飛びました。

とんだあと、隊長と握手しちゃったもん。泣きそうでした・・・。

確かに、沢用シューズはすべりません。でも、怖がって、変なところに力が入ってるので、わたしの場合は、転びそうになるのです。そして、転びそうになるから、余計怖がる。まさに、負のスパイラル・・・。

その姿をじっと見守っていた彼は「小鳥が、初めて、巣から飛び降りるような、危なっかしい不安感いっぱいのジャンプだったね」と表現してました・・・。

そして、その日は、広川原とよばれる、テントできる場所に行き、夕食です。

行ったら、私たち以外にも、7-8個テントが張ってあって、けっこう人がいて、びっくり。だって、その前まで、誰にもあわなかったんだもん

こんなに人がいない「川」を見たのは生まれて初めてって思ったくらい。

でも、人が入りにくくなってる場所ほど、どんどん景色はきれいになっていきます。

一番驚いたのが、川の水が飲めること!!

わたしなんて、東京から、2リットル分、ミネラルウォーター買ってきたのに、そんなのいらないって、皆にいわれてびっくり。急遽500mlの水を買いなおし、全部飲んだ後は、それを水筒がわりにして、川の水をごくごく飲んでた。もちろん、お腹も壊さない!!

夕飯は、具沢山味噌汁と、「お湯をいれるだけでできる、乾燥ご飯」。それと、魚の缶詰のさんま、いわし、にしん。

わたしが炊事係りに!(全く役にたたないので、それくらいできてよかった・・・)

また、ついてすぐ、冷えてない缶ビールを1本あけて乾杯したんだけど、それが、美味しいの・・・。冷えてないビールがこんなに美味しいと思えるなんて、沢登りは、わたしにとって相当ハードだったんだなぁと思いました。

テントを2つはり、私と彼、隊長と玄ちゃんの組み合わせで寝ました。(当たり前か、それ以外の組み合わせだったら、微妙だもんね・・・)

「テントで寝るのは生まれて初めてです」と隊長にいったら、驚かれてました。ヒマラヤも、アンデスも行ってる隊長からしたら、びっくりするんだろうな。

私たちは、簡易ガスみたいなものを持ってたんだけど、一応、焚き火っぽいものもしてみたいから、枯れ木をひろってきて挑戦してたんだけど、なかなか火がつかなかったんです。そしたら、若い男性グループが、牛乳パックをくれました。

牛乳パックって、ワックスがぬられているから、よく燃えるらしいんです。

また、真っ赤に燃えてる太い炭も2本くれた!!

次の日が早いので、さっさと就寝。疲れていたので、あっという間に寝ました。ウィスキーやワインも、空のペットボトルにいれかえて持参してたので、お酒のんでたせいもあって、すんなり眠ることができました・・・。

お酒をのみながら、隊長に、川のことをいろいろと教わった。

「沢登は、命をつかった遊び」だという言葉が、印象的だった。また玄ちゃんにきいた話によると、アルピニストだって、沢登りで事故にあう場合があるという。

自然に入るってことは、「死」を意識して、慎重に動かなければいけないらしい。

そっか。死か・・・。

そういえば、ジャンプの時、足がすくむ私に、ロープをつけてくれた時、みな、言っていた。

「大丈夫、死なないから」って。この言葉、何度も言われたなぁ。

次の朝、私と彼は食事当番だったので、朝5時半におき、お湯をいっぱいわかし、コーヒーをいれました。朝はすごく冷え込んでて、東京の暑さを考えると、同じ国とは思えなかった・・・。

朝食のメニューは、ラーメン入り卵スープと、乾燥「いそべもち」

あと、途中お昼で食べるように、乾燥赤飯をお湯で戻し、おにぎりを4つ作りました。

鍋の大きさもあって、いっぺんにつくれず、ラーメン一袋だけ残してたんだけど、「これ、つくって食べましょうか?」っていったら、隊長が、一言。

「まさかの時のためにとっておきましょう」

まさかの時ってなに??って思ったけど、その判断は正解だった。

そして、わたしが、食器の片付けやおにぎりの準備とかをしている間、隊長が義理息子である、玄ちゃんに、ザイル(ロープ)の使い方をいろいろと教えていたのが、こわかった。

これから、危ない場所に行くようで・・・。

そして、そのロープが必要な人って、じゃん!!

(スミマセン、これ、すごく長くなってるので、でも、まだまだなので、数回にわけます。)

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2008年7月26日 (土)

東京脱出

超巨大荷物をもって、明朝からでかけます。

バッグの中身の一部は・・・こちら。

Photo

どこへ・・・いくでしょう。

帰ってきたら、報告します

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2008年7月25日 (金)

テンケー

10Kとかいて、テンケーって読むのね。

そりゃ、そうだ、日本だけじゃなくて、世界で開催されるんだもん、英語読みになりますわね。

8月31日の「THE NIKE+ HUMAN RACE 10K」に行くことに決めました。そのために、ネッククーラーもこの間、購入したばかり。

大会というよりは、「ランフェス」って感じでしょーか。チャリティあり、音楽イベントあり。

同日にNY,ロス、上海、ロンドン、ベルリンなど世界25都市で開催されるんだから、すごい人数になる・・・。

日本では、山梨県の本栖湖で行われる。みな、同じ色のTシャツをきて走るらしいよ。Tシャツにゼッケンがプリントされているそうだ。みな同じ格好だから、仲間とはぐれたら、見つけられないかも・・・。

イベントに参加できなくても、エントリーして、その日、NIKE+を使ってランニングをすれば、それが会場でなくても、レースに参加できるみたいですよ♪なんか世の中って進んでるなーと、おばあさんみたいなことを思ってしまう。

長谷川理恵ちゃんも行くって言ってた。

ロンドンでは、ラドクリフも参加するようです。韓国では、キム・ヨナさんも。

キム・ヨナさんスケート選手なのに、私、負けたら悲しいなぁ・・・。でも10kだったら、運動能力高そうだし、負けそう・・・。なんて、こんな風に世界のありえない人たちと競えるのも楽しいです。

全世界でのランキングもでるのかな??(たぶん出る)

最近、仕事がまわらず、また走れなくなってきたけれど、時間をみつけて練習しなきゃ。ネッククーラーの使い勝手もためしておかないと!!

ぜひ、みなさんも、記念すべき世界大会、参加しましょう。

「NIKE+ HUMAN RACE 10K」の申し込み先は・・・http://nikeplus.nike.com/nikeplus/humanrace/index.jsp

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2008年7月23日 (水)

きょうで1周年

7月23日・・・。

株式会社SUSERIをたちあげて、きょうで1年がたちました。

今までもフリーで働いてきて、「会社」にしたからといって、働き方はそうそう変わらないのかもしれないけれど、すごく変化のあった1年。

いいことも、辛いことも、何十倍にも感じられるというか、感じてしまうのが「会社」をやるってことなのかもしれない。

どん底と天国を行ったりきたりしている感じでしょうか・・・。

毎日、「生きてるぜ!」って激しく感じながら、やっております。

一番の財産は、友達、知り合いが増えたこと。いつも孤独にひとりで皇居を走ってたわたし。ときどき友人と走れるだけでも楽しかったのに、今では、ふらっと一人で皇居にいっても、知り合いにあう確立の高いこと。

人が人を紹介してくれて・・・。

どんどん、知り合いが増えていった1年。

すれ違ってた人たちと、手をふりあったり、肩をならべて走れることは、すごく幸せなことだと感謝しています。

今までは、どちらかというと「自分が・・・」「自分が・・・」って生きてきたけど、その自分は、どれだけ周りの方がいて、成り立っているのかを、ひしひしと感じることが多いです。

うちの会社の名前「SUSERI」は、日本神話にでてくる女神様「スセリ」の名前からきているんだけど、進むの「スス」と同根というのが気に入っており、この名前にしました。

勢いのままに、どんどん事を行う女神らしい・・・

ランニングも、仕事も、前に進まないと何もはじまらない。

まあ、この女神様は、私と同じで、かなりわがままなだったり、気の強いところもあったりして、そこに愛着も感じています。

2年目は、勢いだけでは走っていけないので、頭をつかって、ペース配分、楽なフォームなどもとりいれつつ、いろんな意見に耳を傾けながら走っていきたいのだけれど・・・。

これからも、お付き合いのほど、よろしくお願いします。

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2008年7月17日 (木)

アンケートのお願い

9月発行のSTEPで、おかげさまで、1周年を迎えることができそうです。
ありがとうございます。

そこで、1周年記念企画として、「女性ジョガー100人アンケート」を実施します。

添付のアンケートに答えて、こちらのメールに返信いただきたく、
お願い申し上げます。
step★stepweb.jp (★を@にかえてください)

アンケートの内容は、9月号の紙面で紹介したいと思っております。

皆様のお力なしには、できない企画ですので、ぜひご協力くださるとうれしいです。
これを励みに、次号もがんばって制作していきたいと思っております。

アンケートの締め切りは、8月3日とさせていただきますが、はやければはやいほど助かります。

また、知り合いの女性ランナーに声をかけていただけますと
たすかります。

最初は、どうなるか、まったく手探りではじめましたが、どうにか1年つづけることができたのも、
みなさんの応援があったからです。ありがとうございます


白滝桂子

★アンケートは、「Joggersvoice.doc」をダウンロード  してくださいませ。

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SJCのお知らせ

今月19日・・・って今週土曜日ですけど、STEPジョギングラブ開催します。

夜6時、皇居のいつものところに集合です。よろしくー。

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2008年7月14日 (月)

ドロンコMAN @ 車山高原

Photo

鳥の声、風の香り、緑の丘・・・

五感から入ってくる情報が都心と比べちゃうとがらっと、変わる・・・。

第2回のドロンコMAN まだまだ新しい大会だけど、変に大きくなって、ふつーになっちゃうよりは、今のまま祭り(FES)のノリで続けてほしいと思った。そう、参加してきたのです!

朝6時に新宿集合。ラジオの原稿もたまってるため、ほぼ徹夜のままのりこんだ。Photo_4

最初は、北軽井沢のレースにでるっていってた友人達、エントリー料も払った後だったのに、わざわざドロンコMANに変更して、一緒にきてくれた。

詳細は、次のSTEPで特集しようと思うのであまり詳しく書きたくないけれど、着いて、ここは楽園だと思った。雲、空、緑の丘、山、小川、色彩と音も豊かで、一気に夏休み気分へと導かれた。

ここは、お店が何もないので、来る途中、バスがコンビにによる。「食料を買うように・・・」といわれるんだけど、まるでバッタが通った畑のように、私たちの後は、コンビニから食料が消えた!?

仕事から、圏外の場所・・。(携帯は圏外じゃないけれどねwobbly

知り合いにもたくさん会えました!

主催は、TOPGEARの白方健一さん。まだ30歳くらいだけれど、これだけステキな大会をつくっちゃったのは、すごい。

またRESTARTの石川さん、純子さん、そしてクォリティライフサービスの今川さん、小島さん。わたしのお世話になっている人もいっぱいいらっしゃった。

緑の丘、林、などの周回コースを何周かして、スタート&ゴール地点に戻るのだけれど、短い距離のコースもいっぱいあって、トレランほどハードではないので、参加しやすいと思います。高山植物もきれいだし、白樺の道があったり、小川も流れてたり、暑いけど、からっとしている。きもちよいです。(坂が苦しいけど・・・)

Photo_2

KIDSや、JUNIORの部、駅伝の部もあるし、設定は初心者むけみたいなんだけど、なにせ、コーチレベルの人たちがいっぱい参加。それはそれは、迫力あります。

これは、KIDSたちのスタート写真

Kids

子供たちは、フォームのきれいな子が多かった。

お父さんや、お母さんも、ランナーなんだろうなぁ。それで、一緒に来てたんだろーなぁ。

可愛かったですheart04

あと、一緒に参加した、チカコとわたしは、「美脚チェック」ばかりしてたんだけど、カモシカ足が多いこと!みな、足細い。

速い選手は、足が細いんだなーってことを実感しました。筋肉の線の入り方が違うんだよなぁ。「正しいランナーの足」をいっぱい見た気がする。楽しかった♪

来年参加するとしたら、選手ではなく、屋台をひらきたいなぁ。(夏FESのようにリユースカップとか使って、エコな食べもの屋さん)。DJブースとかも用意して、おっされーなのがよい。(・・・って誰にも頼まれてないけれどね)

詳細は、9月配布のSTEPで紹介しますので、楽しみにまっててくださいませ~。

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2008年7月 9日 (水)

ぐるっと、縁を描いた1日

先日神宮でおこなわれた、24時間マラソンの12時間の部に出場し、見事優勝したJapanマラソンクラブの田中コーチ。「おめでとう」を言おうと、昨日、皇居でレッスン前のコーチをつかまえました。

熱帯夜の中行われたレースでは、氷水を何度も頭からかぶりながら走っていたそうです。

で、その氷水を渡していたのが、友人のちかこだと、田中コーチにききました。

田中コーチとおしゃべりした後、皇居を2周。銭湯にいったら、偶然、チカコに会えました。

なんか、すごい偶然だなー、つながってるなーと思いながら、夜韓国料理を食べにいき、そこでチカコの友人にあったら、わたしの大学の後輩を知ってました。

きれいな縁(円)を描いたような1日でした。

*********

次号STEPを9月に出す予定です。

9月号にむけて現在、片岡純子のかけこみ相談室へのお悩み相談を募集しています

詳しくは、こちらをクリック!

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2008年7月 8日 (火)

UDONNING (←RUNNINGに似てる?)

カーボローディングの取材で・・・っていうのは嘘で、ただの個人的な趣味(というか食欲)で、最近はまっているのが、うどん

東京育ちの私としては、「そば」のほうが断然好きなんだけど、ここ数年おいしいうどん屋にいく機会に恵まれたので、うどんを見直している。意外とやるじゃない・・・ってな具合です。

最近、いった お気に入りの3軒。                               

★コストパフォーマンスのよさでは、神保町の「丸香」です。Maruka

かけうどんなら、380円だったかな?しっかりとしたうどんがうまい。オーナーが香川の名店出身らしいです。お昼時は行列ができるそうですが、3時頃という微妙な時間にいったのですんなり入れました。ラン仲間で、若いくせに40歳以上の美食の実力をもつ、T嬢に教えてもらった。

こざっぱりした店内で、女性ひとりでも入りやすい。(実際に、一人できてたお客さんいました)

★そして、とにかく旨いのが、中野本町にある「四国屋」。でも、おPhoto 店は、あまりきれいじゃありません。しかも、夜しかやってません。けど、おいしかったー。讃岐うどんの店では、かなり老舗らしい。あったか系は、「いりこだし」が染み渡ります。冷やし系も、もちろん美味。あと、なんだか、大きなおいなりさんがあった。これも名物らしい。四国って、うどんやさんで、おいなりさんを食べるんでしょうか?

おすすめは、写真の肉きざみうどんです。

★3軒目は、以前も書いた、根津の「釜竹」。これだけ、大阪ですね。大阪の名店の東京初出店です。ここは、酒の肴もおいしゅうございました。3軒の中では一番品もあり、大人のデートにも使えます。 建築は隈研吾事務所設計ですから・・・。

ああ、書いてるだけで、うどんが恋しくなってきた。丸香なんて近いし、明日にでも行っちゃいそう。ひとりで、「おおもりぶっかけ!!」とか食べれちゃいそう。

「つる・しこ」の美味なる世界にはまり中です。

・・・秋、冬のマラソン大会シーズンになったら、おいしいカーボスポットめぐりとか、どなたか一緒にどうですか?その前に、フルマラソン、どこで走るか決めなくちゃですけど。

友人が、ゴールドコーストでいい記録で走ってきました。今度はNAHAに行くみたい。

わたしだけ、何も決まってないしなぁ・・・・。

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2008年7月 6日 (日)

森絵都さんの「ラン」

最近気づいた。

誰もがみな、フルマラソンを走ったからといって、そんなに感動しないんだってこと。

わたしは、初マラソンから半年後、アスキーからでた「ランニング美人」という本の取材で、初マラソンのことを聞かれ、思い出しただけで、感動して涙がでた。

初対面の編集者&カメラマンの前なのに、思い出しただけで泣いてしまった。それくらいフルマラソンは、強烈で、涙もとめられない、ゆさぶりを私にかけてきたのだ。

半年もたっているってのに・・・。

しかも、36歳という十分すぎるほど大人な年齢なのに・・・。

でも、みな、そうなんだ。それが初フルってものなんだ。フルマラソンは、感動の金太郎飴、涙の洪水、とにかく、感情の制御スイッチをこわしてしまうくらい、スゴイものだ・・・と思い込んでいた。でも、そこまでじゃないのかもしれない。

STEPをだして、ランナーの知り合いが増えるにしたがって、わたし、特殊?って思うようになってきた。

Photo 森絵都さんの小説「ラン」(理論社)の主人公、環は、家族全員を事故でなくしたショックから、他人と関わらないで生きていこうとしていた。

でも、ある理由でフルマラソンの距離を走ることに決め、そのために、ランニングクラブに入ることになって、苦手な交友関係を築いていくことになる。

そのランニングクラブだが、環をはじめ、ランナーとしては、ダメ人間ばかりいる。太りすぎのボンボン青年や、ひきこもりの虚弱体質の女子、物欲まるだしの口うるさいおばさんetc。エリートランナーは、殆どでてこない。

で、そんな彼らをみていて、わたし、思った!!

すごい、私に似てるじゃないか。虚弱体質だし、すぐ人のせいにするし、気が短いし、後ろ向きな性格だし、わたしひとりで、登場人物、4人分くらい演じきれそうだなっておもういくらい。みんなのダメさが自分ににていた。

走ることに、向いてないタイプなの人ばかり。でも、向いてないものに、みな、それぞれ理由があって、向かっていくことを決める。

けど、そのうち、ちょっとずつ、みな変わっていく。で、自分のダメさにもきづく。そして、ちょっとずつ、カラダがランナー向きになっていくのにあわせて、心も磨かれていく。

かといって、激変するわけじゃない。季節が冬から春にかわるような、ごくごく受け入れやすい変化だ。

まだ読んでなくて、これから読みたいって思ってる人に悪いので、あまり詳しくはかけないのがはがゆい。

ただね、ちょっと思うのは、「走るのなんて、ぜんぜんダメ・・・」って思ってる人ほど、マラソンをすすめたい。しかも、その分大きな感動がまってる。・・・と思う。

5時間や6時間で、フルマラソンを走るのは大変だと思っている方、それがちょっと違うのです。いきなり、5時間や6時間で走れるものではないのだ。

フルマラソンは、「マラソンを走ろうと決めたとき」がスタート地点。そこから、苦労して練習を重ねて、重ねて、階段をのぼって、おこっちて、また階段をのぼって、そんな練習期間がものをいうのだ。

この小説でも、フルマラソンに挑むまでの成長過程が丁寧に描かれている。

(稲荷湯、皇居、駒沢公園などのランナーにおなじみの場所や、LSD、インターバルなんて専門用語もでてきて、走る人は楽しめる本だと思う。)

スポットライトがあたっていないところの戦いが、キモになるのが、フルマラソンなんだ。

そして、その戦いが長ければ長いほど、辛ければ辛いほど、ドラマが生まれるんです。

そうなんです。だから、たかがマラソンかもしれないけれど、手放しでガキんちょみたいに感動したって、いいのである。

速い人、素質のある人も、うらやましいけれど、悪戦苦闘をくりかえす分、マラソンはよりドラマティックになってくるかもしれない・・・って考えることもできるはず。

(遅い自分へのいいわけ?って思われそう)

そう、素質がないからって、なげくことはないのだと、この本をよんで、ちょっと思ったのでした。

******************

本は、けっこう面白かったです。JOG仲間のSさんに、メールで教えてもらって、買った日、

友達のチカコに会った。

チカコに、「こんな本かったんだー」って見せたら、同じ本をもってた。

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2008年7月 5日 (土)

アシックスランニングラボの結果

アシックスランニングラボの結果が、メール&郵送で送られてきました。

詳細の解説については、メールで。走ってる姿のDVDが郵送で届いた。

わたしは「やせたい」というと、みんなに「やせてるじゃん」って言われるけれど、本当はやせてないんだってば。

ラボの結果にも、「ランナーにしては、体脂肪がありすぎる」との一言。

「筋肉量が少ない」ことも指摘されていた。

平均以下みたい・・・。とほほ。

あと、股関節が硬いのと、ハムストリングが硬いのも、ケガをみちびきやすくなるので、注意ですね。修復点がいっぱいあった。

まあ、でも、弱いと思っていた肺は、そこそこOKだったり、脚力も、問題なかった。

あとは、走り方と、ストレッチと、とにかく筋力を増やすことが大事かもしれないなぁ。

筋肉づくりで重要なのがアミノ酸の一種であるグルタミンだときいたことがある。

やはり、WGHProなどのサプリメントをマメにのんで、補給するしかないかな。

この夏の目標は、体脂肪をおとして、筋肉をつけること!!男性は、あまりマッチョだと、かしこくないイメージがあるが、女性の筋肉には、(マッチョにはならないしね)知性を感じると、以前、ビューティジャーナリストの齋藤薫さんがエッセイに書いていた。

ひきしまった体は、不摂生な生活をしないで、きちんと自己管理ができる女性へのアピールにつながるんだろう。

走りのパフォーマンスもアップして、知的にみえるなんて、ぜひとも筋肉つけたい。

乾杯のビールを、プロテインにかえるくらいの、荒治療じゃないと、このぽよんとした、胴まわりは、どうしようもできない気がするんだけど、どうなんでしょう。

あと、朝走ると、やせやすくなるというが、夏だし、暑くなるし、そんなことも心がける必要があるのだろうか。

腹にある、贅肉すべてを 筋肉に! (詠み人知らず)

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2008年7月 1日 (火)

SJC開催しました。(かきなおし)

きのう、走った後、のんで、 すごく酔っ払いました。でも、その酔った状態でブログをアップしてたんだけど、意味がわかんないことばかり、書いてて、日本語も千鳥足状態なので、削除しました。

よって、書いちゃうのって、怖いですねー。なんだろ、この習性。で、書き直し!

きのうは、楽しく皇居を走りました。

昨夜は、初対面同士の方が多かったわりに、話がはずみました。笑いながら走ってた人もいたけれど、心肺が鍛えられるかも。

でも、私だけ、ちょっとやなことが・・・。

走った後、お風呂でさっぱりしたところで、そのさっぱりを消す出来事が・・・。

わたし、先にでて、待合室みたいなところで、他の女子達をまってたら、なんと、60歳近いおじさんが、男性の脱衣所の入り口から、ひょこり斜めに、顔をだしたのです。

えっ!?何、この人っておもったら・・・、

顔だけじゃなくて、全身登場。 全裸でした。

石鹸などを忘れたことに、服を脱いだ後、きづいたらしく、フロントのおばちゃんに、そんなことをぶつぶついいながら、石鹸買ってたけど。

せめて、パンツをはいててほしかったsad

ランニングとお風呂ですっきりした気分が、いっきに、おちました。downdown

もらい事故の気分です。

でも、それ以外は・・・、楽しかったです。

ビールをのんだ、のんだ。飲み会からの参加の方もいて、いろんな話でもりあがった。

酔ってて、あまりおぼえてないんだけど、ずーっと笑ってた気がする。

帰りは、みな、神田から。わたしと、Tさんは、大手町から帰ったんだけど、地下鉄のエスカレーターで、地下におりているときのこと。

Tさんが私より先に下りたので、ちょうど、スキンヘッドのTさんの頭が目の前にあって・・・、ぺしり!と叩きたい衝動にかられた。

それで・・・ああ、わたし、酔ってるなぁと、自覚。

もちろん、我慢したとさ。

けど、家に帰りながら、いろんな人に電話かけたり、家帰ってから、意味のわからないブログを更新したり、かなりお酒がカラダに残ってた。

なので、きょうも、走ったけど、ご褒美のビールはなし。休肝日にした。

**************

きょうから、7月ですね。先月も、ぎりぎり100キロだけはクリア。

今月も、それくらいかなぁ。ああーーー、暑くなるのが怖い。

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